話せない人

場面緘黙症と情緒不安定な日々

同化と隔離の問題

この頃は花粉が本当にひどくて、くしゃみがとまらない。
あまりにひどいのでアマゾンで一番安い空気洗浄機を購入したのだけれど、送り先を実家のままにしていたため、取りに行くことになってしまった。

金曜日の夜に実家へと帰り、母親と妹と一緒に買い物をした。実家の広いお風呂に浸かり、夕飯を食べて、家族と話をした。緊張せずに自分の思ったことをそのまま話せるので、とても安心する。
あまりに幸せな気持ちだったので、もうこのまま死んでも悔いはないなと思った。

実家の周辺も、少し見ない間に少しずつ変わり始めていた。近所に障害者が寝泊まりする施設ができるらしい。そこは僕達家族が駐車場として借りていたスペースで、本当に家のすぐとなりにある。僕自身、障害者みたいなものだし、妹にも知的障害がある。そういう施設ができることは、良いことだと思う。母親だってそう思うはずだ。

けれども、不安に思うこともあるらしい。母親は妹を学校へ送迎していて、日々、そういう子達と接触する機会が多い。中には力のある子もいて、そういう子が暴れだしたら、止めることが出来ない。

障害者施設というのは、住宅地から少し離れた場所に、ひっそりと建っていることが多い。主流社会から少し隔離されていて、目にすることが少ない。
「障害者と健常者が住宅を共にすると、様々な問題がおこる。だから、障害者の個性を尊重し、分けて住みましょう」という考えと、「障害者は積極的に主流社会と関わるべきで、主流社会もそれを受け入れるべき」という考え方があり、どちらが良いのか、僕自身分からない。

自分は緘黙だったことを会社には言っていないし、普通の人と同じように振る舞わなければならないから、辛くなることも多い。大学時代に、障害者枠で就職先を探していたひとが居たけれど、卒業後も就職先を見つけられないようだった。僕は緘黙だったけれど、それ以前にやりたいことがある。一生をかけて作りたいものもある。だから緘黙であることを言わなかった。

やりたいことのために自分の障害を隠して生きるか、隔離された場所で主流社会と関わらずに生きるのかという、同化と隔離の問題について考える事が多い。先日、SYNODOSに面白い記事が掲載されていたので、これを少し紹介したい。産経新聞に掲載された、曽野綾子さんの記事が、世界中から反感を買っているという問題についての記事。

なぜ、少数者は、主流社会との距離において「近寄っても地獄、遠ざかっても地獄」の二択の立場に立たざるをえないのだろうか。そして、どちらか一つを選んだ時に、なぜ「自己責任」の名において、どちらか一方の差別を受忍せねばならないのか。それは、主流社会が自ら一向に変わろうともせずに、少数者に対して一方的に「同化か/隔離か」の二択の踏み絵を強いているからに他ならない。

現状の社会は、同化か隔離かの二者択一になっていて、どちらかを選べばどちらかを捨てなければならない。中には寛容な会社もあるけれど、そんな会社に入れるとは限らない。障害者枠で入っても、給料が安かったり、やりがいのない仕事ばかりだったりで、デメリットも多い。贅沢は言えない。

少数者たちが差異をそなえたままでありながらも、主流社会とつながり続ける。そのための居場所をともに新たに創ろうとする努力は、少数者のみに課せられた責務ではない。主流社会こそが、その変化のために汗を流すべきなのである。

社会が、同化か隔離のどちらか一方を推奨、あるいは強制するのではなく、障害者自らが主流社会と自身のコミュニティとを自由に行き来することができる、そんな社会にしていければなと思う。会社も障害を理解して、認めてくれるのが良いのだけど、当面は実家と寮を行き来しながら、宙ぶらりんな状態で、安心とやりがいのバランスを取りながら生きていこうと考えている。